某/冒、涜書ノート

2009-11

アメリカ哲学



プラグマティズムの日本への紹介者のひとりである「知の巨人」鶴見俊輔による一冊。
構成は第一編プラグマティズム各論、第二編プラグマティズム総論、第三編プラグマティズムの周辺となっている。
このブログでパースに関するエントリーは、僕がパースを調べる過程を残して自分の至らない所を確認するためなのでパースの部位を簡単にまとめておく。
パースの哲学の新しさの源泉というのは「自分ならびに他人の意見を、常に、まちがっているかも知れぬものとして把握する」ことと、「哲学的意見でもなんでも、意見の意味を常に、ある実験条件と結び合わして考える」こと*1、の二つがあると言う。
前者は「可謬主義」、後者は「シネキズムとアブダクション」に照応すると思われる。

また、パースの方法論として
「批判的常識主義」・・・「本能的」に信じている疑いを差し挟めない信念があるが、それは永遠に批判を絶しているものではなく、批判を経て修正されていくもの。また、その疑い得ない信念は矛盾律の適用され得ない粗雑な信念である。
「マチガイ主義」・・・間違いながら正しい方向へと向かって進む。*2
「プラグマティズムまたはプラグマティシズム」・・・数学や論理学に出てくる概念を除き、その他抽象的な概念は、実験され得るような形に直されるとき初めて意味がはっきりする。仮説を選ぶ時にも、実験され得る形に直らぬものは、採用してはいけない。*3

また、その仮説は簡単な仮説を選ぶ必要であり、それは最小の概念を含むだけではく、人間の精神にとって自然な概念を最も多く含む仮設である=本能にとって親しい仮説、心に入りやすい仮説。
そのため、プラグマティズムはスコラ的実在論が帰結として導き出されるとパースは考えたようだ。
スコラ的実在論は、個々の事物のみならず、個々の事物の間の関係もまた、人間をはなれて存在し、個別的なものだけでなく、一般的なものも、粗雑なものも存在し、一般的なものは法則として、粗雑なものは発展の可能性として、事物の客観的関係の中に実在している。
つまり、プラグマティズムとは、われわれの思想の意味が、ある可能性に存すると考えるもので、可能性が実在するものであるという含蓄を持つ。*4

「連続主義」・・・仮説的な知覚判断の無限の系列が一般的判断の系列に連なるものであり、どの判断も連続したものの中の一つの判断である。
「偶然主義」・・・外界自身が客観的偶然性とも呼ぶべき性格を持っている。この偶然が新しい法則を作る先例となる。
「慈愛主義」・・・宇宙もわれわれの精神生活も、進化の仕方は愛に由来する。

パースのプラグマティズムは心理学を退け、人間が心理に達するためにはいかに考えなくてもならぬかを考察する論理学によってのみ作られると把握していたようだ。
ジェイムズのいうプラグマティズムは心理学も含むためパースの構想するプラグマティズムとは違うものだが、後のアメリカにはジェイムズのいうプラグマティズムが広く流布されていく(そのためパースは「プラグマティシズム」と命名した)。

本書ではパースに2章も割かれている。
それはプラグマティズムの基礎を作ることに大きく貢献したためであり、パースの構想を理解することこそがプラグマティズムを理解する助けになるからであるが、多くのプラグマティズムの解説本ではパースは軽く触れられるだけで片手落ちになってしまっている。
このことに問題を感じた鶴見俊輔による最も理解しやすいプラグマティズム思想の解説本の一つだと思う。


*1 p42 第二章 パースの人と思想
*2 このことはシャーロック・ホームズの記号論/推理学でも触れた。
*3 p44 〃
*4 p46 〃

テーマ:読んだ本。 - ジャンル:本・雑誌

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